<メッセンジャー>
 ヴォーカル&ギターのリック・リソーは1950年8月10日、カリフォルニア州モントレーの生まれ。4〜5歳でアコーディオンを始め、その後も、クラリネット、トロンボーン、チューバ、ドラムス、ギター…と、あらゆる楽器をプレイ。トニー・ベネットからキャンノボール・アダレイまで、ポップやジャズを好んで聴くようになる。また、いわゆる、フラワー・チルドレンの世代のため、お隣サン・フランシスコで盛り上がるサイケデリック・ロックからの影響もモロに受け、10代後半にはロック・バンドで活躍。あのジミ・ヘンドリックスのオープニング・アクトを務めたことがある。

 その後、1968年にクリスチャンに転身。いろいろな活動を続けていくが、そんな中、運命的な出会いとなったのがニュー・オーリンズ生まれのキーボーディスト:サイ・サイモンソン。2人は共通の友人を介して引き合わされたのだが、その女性はリックに対してサイのことをこう語った。
『ピアノを弾いて曲も書く素晴らしい才能の持ち主がいるから、貴方は絶対に会うべきよ。彼は貴方が歌を歌うように音楽をプレイするんだから』
実際にサイと会ったリックは『まさにパーフェクトなマッチングだった。それこそ、エルトン・ジョンとバーニー・トーピンのような。これこそマジックだ!』と体感。同じヴィジョンを持ったパートナーに巡り会うことによって、1975年、グループ:メッセンジャーが誕生するのであった。

 グループはその2人にドラマーのジム・デロングを加えた3人組としてスタート。ジムは音楽の学校を卒業し、リックの地元モントレーをベースとするカリフォルニア・シンフォニーでティンパニを叩いていたというキャリアの持ち主。クラシックの素養もあるが、リック&サイの熱いヴァイブに魅せられグループに加入し、1976年にCCMの名門Lightレコードと契約。その世界で名高いプロデューサー:ビル・コールが手掛けた1stアルバム「The New Has Come」はその名の通りCCM界に斬新なグループが登場したことを告げる、当時としては画期的な作品に仕上がった。
 今でこそ、ジャンルの垣根が無くなり、クロスオーヴァーな世界が当たり前となっている音楽シーンだが、当時はポップ・ジャズの中に初めてゴスペルの歌詞を乗せたグループとして、かなりの注目を集めている。また、サイ・サイモンソンを中心とした作曲能力も当時としては極めてレヴェルの高いものであった。

 続く1978年には第2作「Bringin' The Message」をリリース。ドラマーこそマイク・フェラーにスイッチするが、リック&サイのテンションは更なるパワー・アップを見せ、1stを凌ぐ完成度を提示。1枚目よりも大きくフィーチャーされたリックのギターは、時にジョージ・ベンソンを思わせるほど、ジャジーでスリリングな世界を醸し出している。このアルバムでは1st同様にデイヴ・マロッタがセッション・メンバーとしてベースを弾いているが、それに加えて当時はCTIに所属していたシーウィンドのメンバーがバックに参加。ジェリー・ヘイ(トランペット)を筆頭に、ラリー・ウィリアムス(サックス)、キム・ハッチクロフト(サックス)、ビル・ライケンバック(トロンボーン)といった、いわゆるジェリー・ヘイ・ホーンズが、ファンキーな世界をよりクールに演出している。この2ndアルバムからはタイトル曲の<Bringin' The Message>がCCMチャートの22位まで上昇。その力強いメッセージは確実に人々を魅了していった。

 しかしながらグループは2枚のアルバムを発表した後に惜しくも解散。リックとサイはそれぞれより自由な環境下で再スタートを切ることに。リック・リソーは1980年代初頭からまずはコンポーザーとして活躍。CCM界の人気アーティスト&プロデューサー:クリス・クリスチャンが特に彼の才能を高く評価し、自らプロデュースを手掛ける作品でリックの曲を積極的に取り上げ、ついにはクリスのレーベル:Home Sweet Homeがリック・リソーをソロ・アーティストとしても迎え入れることに。1985年に発表した「Gotta Have The Real Thing」を皮切りに「Shouting At The Walls」(1986年)、「The Best」(1988年)と発表。その後も、「As For My House」(1994年)、「Man Of His Hand」(1995年=共にIntegrity Music)、さらに奥様のキャシーとのデュオ名義で「Christmas Time Is Here」(1996年)、「One Love」(1997年)、「As We Enter」(1999年=何れもRisen Son)と順調にアルバムを発表している。また、1980年代前半のデヴィッド・ディッグスを始め、他のアーティストのアルバムでも数々のリード・ヴォーカルを披露。そのソウルフルな歌声は、まさにブルー・アイド・ソウルを地で行くものとして、各方面から非常に高い評価が寄せられている。一方のサイ・サイモンソンは、メッセンジャー解散後、ソングライター、キーボード奏者としてCCM界のいろいろなアルバムに参加。AORファンから人気の高いマーティー・マッコール&フレンズのアルバム「Up」(1981年:MCA/Songbird)でも彼の作品<Givin' It Up>を聴くことが出来る。