[隣の芝生・リニューアル・エディション]では、皆様からの投稿を随時受け付けております。
貴方にとって忘れ得ぬ“AORな1枚”を、思い入れタップリの文章で綴って下さい。
投稿はcoolsoun@ea.mbn.or.jpまで。自由な気分でメール下さい、お待ちしています!

File No.008 投稿者:枝松雄一郎さん 

AORてんこ盛りリポート in LA 〜3〜

1日目
久しぶりの海外旅行に加え、あの中田利樹氏とご一緒の「AORてんこ盛りツアー」ということで
緊張と興奮の混じった気分でLAへ。
空港でコーディネーターの森口さんと合流し、チェックインのためホテルへ。
ホテルで休憩中、中田さんと森口さんからお聞きした業界裏話にはビックリ!
「AORてんこ盛りツアー」ならではのお話で、段々と旅行気分が高まってきました。
その後、SEAWINDのライブ会場に移動。
開演時間までは、近くのインド人街でのランチ。本格カレーバイキングで、大変おいしかったです。
そして、いよいよライブ開始。
演奏も歌も、さすがのベテランならではの円熟のプレイ。
途中でポーリンさんが感極まったのか涙ポロポロ。
すかさずキムさんがフォロー。さすが昔からの仲間だと思いました。
演奏や歌がすばらしいのは当然ですが、メンバー同士の仲の良さ、
このメンバーでライブするのが楽しくて仕方ないという感じが伝わってきて、
なんだか羨ましくなりました。こんなに感動したライブは初めてです。

感動のライブも終わり、マネージャーさんのご好意でポスターをいただきました。
サイン会では各メンバーに下手な英語でライブのすばらしさを伝えたつもりなのですが
ちゃんと伝わったかな?
持参したCDジャケットにサインしてもらたのですが「40:31」にはメンバーの方々も特に喜んでいました。
そして最後にポーリンさんとの記念撮影。
その後マネージャーさんが経営されているタイ料理店でディナー。
ポーリンさん、ケンさん、キムさん達も打ち上げをされていて、再び記念撮影などしていただきました。
音楽同様、本当に人柄の良い人たちだと思いました。
感動の余韻に浸りながらホテルに戻り就寝。1日目から大満足でした。

2日目
朝食後、午前中はGutarCenterへ。
ビンテージ楽器を眺めつつ、店先にある有名ミュージジャンの手形を記念撮影。
その後、Tommy Funderburkさんとのランチへと向かいます。
途中CD屋さんに寄り、中古レコード(レニー・ホワイト、マリーナ・ショウなど)を購入。
いよいよTommyさん指定のイラン料理店へ。
快く迎えていただき、しばし歓談。
Tommyさんは、現在レーベルオーナーのお仕事もされているとのこと。
理想の音楽を作るためには、マネージメントなども自分で行うのが理想なのでしょうか。
素人ながら、非常にためになるお話でした。
ソロアルバムにサインしていただき、一緒に記念撮影していただきお別れ。

シカゴのライブに行く前に森口さんお勧めのステーキレストランへ。
特大ロブスターと特大プライムリブ、大変おいしかったです。
ライブ会場のThousand Oaksへ。
初シカゴだったのですが、期待を裏切らずヒット曲満載で非常に楽しかったです。
特にPankowさんがステージ上で大活躍、印象的でした。
Scheffさんの歌とベースも「さすが」でした。
(Scheffさんのソロルバムを聞いたことがないので、ますます聞きたくなりました。)
ライブ終了後、スーパーで買い物し就寝。
2日目も内容の濃い一日でした。

3日目
今日は、いよいよPackさんとJayさんにお会いできる日です。非常に楽しみです!
朝食後、ツアーでご一緒した赤松さんと佐藤さんとホテル周辺を散歩。
途中Verginへ立ち寄り、明日はあのAl Schmittさんに会えるかもしれないと言うことで
Alさんプロデュースのアル・ジャロウ作品を購入。

Packさんとのランチへ移動。
途中、中古CD屋さん2軒に立ち寄り、CD漁り。
レストラン近くのお店では、アンブロージアのセカンドLP(ピラミッドジャケット)を発見し、
なにか運命めいたものを感じ購入。
レストランでは、すでにPackさんが待っていてくださりPackさんお勧め中華料理を食べながら、
デイビッド・ベノワさんやマイケル・マクドナルドさんとのお話や名曲誕生秘話などを聞くことができました。
天才ソングライターの一端に触れることができました。
時間もあっという間に過ぎ、ジャケットサインと記念撮影をしていただき、Packさんとお別れ。
中田さんのお話ではPackさんはアンブロージアのアルバムではセカンドが、一番のお気に入りらしく、うれしそうにサインしていただき
先ほど購入して大正解でした。
アンブロージア、Packさんが大好きな私としては、大・大・大感激でした。

夕方LAでは珍しい雨の中、Jayさん宅へ。
Jayさんに気さくに迎えていただき、地下のスタジオにも入ることができ、機材だけでなくカードマジックも見せていただきました。
加えてレコーディング卓にも座らせていただき、記念撮影もしました。ここで数々の名作が作られたと思うと、感激もひとしおです。
その後Jayさん指定のイタリアンレストランで食事。なんとJayさんの左隣の席で緊張しました。
食事をしながら、プライベートな話や製作裏話を聞いたり、こちらの質問にも答えていただきました。
作品のイメージから完璧主義者で気難しい人かと思っていたのですが、Jayさんは本当に気さくでおしゃべり好きな人で、
良い意味でイメージを裏切られました。もしかして人柄も良くないと良い作品は作れないのかも。
最後にサインをいただきディナーを終えましたが、別れ際ちょっとしたサプライズがありました。
でもそれはツアー参加者だけの秘密です。
その後ホテルに戻りましたが、興奮でなかなか寝れませんでした。

4日目
朝食後、早めにホテルを出発。
森口さんの案内でWestlakeStudioへ。
マイケル・ジャクソンのバブルス君のために用意された部屋やスタジオを見学。
スティービー・ワーダーなど一流ミュージシャンが弾いたであろうピアノにも触れることができました。
加えて、あのQuincy大先生が座ったレコーディング卓にも座らせていただき
ちょっとしたプロデューサー気分です。
次に伝統あるCapitalStudioへ
数々の名盤が録音されたスタジオを見学しましたが、その場にいることが不思議な気分でした。
そして森口さんの紹介で、あのAl Schmittさんにお会いすることができました。
大変やさしい紳士で、サインと記念撮影をしていただきました。
その後、大型CDショップ「Amoeba Music」へ。
ここでは、「デイビッド・ロバーツ」ほか数枚を購入。

日本食レストランでランチを食べ、TOTOのライブ会場へ。
小さな会場で、まさにライブハウスです。
すでにファンが待っていて人気の高さが伺えます。
リハーサルを聞いているとBobbyさんやPaichさんが会場入り。
そして突然、裏口からルークさんが私たちの目の前に出てきたのです!!!
いきなりで非常にびっくり。タバコをくわえながら、いかにもミュージシャンといった感じです。
興奮しながら握手してもらいました。ライブハウウスならではのサプライズでしょうか。
いよいよライブ開始。私にとって初TOTOです。
ヒット曲も一通りやってくれましたが、なによりルークのギターが凄い!!!
セッションワークやソロアルバムなんかより数倍凄い。
やっぱりライブは良いと改めて思いました。
それからキーボードが、Greg Phillnganesさんだったのですが
さすがにうまかったです。
ライブ終了後、メンバーと記念撮影。
森口さんの紹介でGregさんと握手できました。

ホテルに戻る途中、中田さんお勧めの「吉野家」で牛丼を食べましたが
さすがにアメリカ、量が凄い。でも完食しました。おしかったです。
ライブも食事も大満足で就寝。

5日目
今日は最終日。いよいよ日本に帰る日です。
帰りたくない気持ちを抑えつつ、ホテルをチェックアウトし、空港へ。
大変お世話になった森口さん、お仕事でLAに残られる中田さんとも、ここでお別れ。
中田さんにはサインと記念撮影をしていただき、最後まで大・大・大満足のツアーでした。

今回のツアーに参加して本当に良かったです。
自分の大好きなミュージシャンに直接会って話をしたり、一緒に食事をすることは、
このツアーに参加しなけば不可能でした。
PackさんやJayさんにお会いできるなんて自分の人生ではあり得ないと思っていました。
私としては、このツアーに参加してますます音楽が好きなりましたし、この思い出は一生わすれないでしょう。
今回のツアーは中田さん、森口さんの今まで積み上げてきた実績があればこそ、なし得たものだと思います。
こんな素敵なツアーを作ってくださった中田さんと森口さんに感謝の気持ちで一杯です。
本当にありがとうございました。

最後にお二人のこれからの益々のご活躍を、音楽ファンとして期待しています。

    枝松雄一郎

File No.007 投稿者:今野絢也 

思い出の1枚 John O'Banion「Danger」(1982 Elektra)

■はじめまして。初めてメールします。25才の若輩者ですが、僕も「AORな一枚」書かせていただきます。僕はかつて「AOR=軟弱野郎の音楽だぁ」(若気の至りです、お許しを)とハード&ヘヴィ一筋、いわゆる硬派な「ヘッドバンガー」(笑)だったわけですが、そんな僕をAORに向けさせてくれた一枚、迷いに迷いましたが、それは「JOHN O'BANION/DANGER」です。  JOHN O'BANIONといったら皆さんはファーストだろ?となるかもしれませんが、僕にとってはコレなんです。それは、メタル者のバイブル「世界一重いメタルマガジン」2001年4月号の藤木記者の「今月のおすすめ」にこのアルバムが紹介されていたことがきっかけです。(ちなみにその号にはオバニオンの他に、アレッシーの「そよ風にくちづけ」と、当時再発されたばかりのi-ten「TAKING A COLD LOOK」も併せて紹介されてました)

<藤木記者は、やはりメタル者でありながら、AORに理解がある方で、以前にも我々メタル者のための「いにしえのメロディック・ロック」というAOR啓蒙企画をやってましたが、それこそあとから振り返れば、ジャック・ワグナーやデヴィッド・ロバーツなども含まれていて、「タメになったんだなぁ」なんて言えますが、みてもわかるように、非常にマニアックなチョイスと、当時は硬派真っ只中というのもあって見向きもしませんでした。したがってその“おすすめ”を読んですぐ買いに走ったかというとそうでもなく、読み流して終わり、という感じでした。

それから実に2年近くたち、バック・ナンバーを読み返していると、2001年4月号にたどりつき、改めておすすめを読んでみると、東京音楽祭のグランプリ曲“きみだけのバラード”について、「息苦しくなるほど美しい」と評してるのを見て、自分もさまざまなバラードを聴いてきたが、息苦しくなるほど美しいとはどんなものか?とふと思ったのです。思い立ったが吉日、いきつけのレコード屋さんをハシゴしましたが見つからない。調べてみたら、僕がウカウカしてるうちに見事に廃盤になってたのです。(早すぎる)

探すこと数か月、ネットショップでアルバムを見つけ、ようやく耳にすることができました。確かにアレンジはソフトだけど、心揺さ振るメロディが素晴らしい。そして“きみだけのバラード”…。感動的なメロディをダンディかつしなやかなハイトーンで歌い上げる。聴いた後はしばらく茫然自失。それまで抱いていたAORに対してのイメージが崩れ、同時に自分がいかに幅の狭い音楽の楽しみ方をしてきたかを反省しました。

それからは、ヘヴィ路線からは一歩退いて今日にいたるまで、TOTOなどの“王道”にとどまらず、マクサスやジャック・ワグナー、ビル・チャンプリン(最高のシンガー!)等の名作群を聞きかじり、その作品たちに詰まった計算され尽くしたアレンジ、一流プレイヤーの変幻自在の演奏にも驚かされ、日々発見の毎日です。そんなわけで、ジョン・オバニオンの「DANGER」は、僕に新しい音楽の楽しみ方を教えてくれ、さらに道を踏み外させてくれた(笑)一枚なのであります。

駄文、長文お許しください。 今野 絢也(こんの じゅんや)

今野 絢也 さんのAORな1枚はこれ→
恥ずかしながらCDのライナーノーツは
私、中田が書かせていただきました。

「Danger」John O'Banion (1982年)

 

File No.006 投稿者:佐藤 Mick 亘宏さん 

AORてんこ盛りリポート in LA 〜2〜

感動ライブとアーティストと夢のミーティング 

3月20日(日)

まだ肌寒い東京を離れ一路LAへ
LAで現地コーディネーターの森口さんに迎えられ車でホテルへ移動
昼過ぎ迄一休みのつもりがティールームで雑談(業界裏話は良いネタばかり!)
荷物を置くだけでSeawindのLive会場へ移動
会場を確認後、初の現地食事(インド人街での本格カレーバイキング)
人種に坩堝、アメリカをひしひしと感じます
(ちなみに今回の旅行中、インド料理、タイ料理、イラン料理、チャイニーズ、本国、日本料理、イタリアンと食に関しては色々楽しみました。)
夕方からのLiveはセリトスアートセンターという綺麗な建物の小ホール
地域文化発展の拠点という感じですが、そんな地域限定にSeawindがReunion Concertをする事が
驚きでありました。(もったいない・・・!)
客層は年配の方が多かったですが、Liveの楽しみ方を知っている
音楽文化が良い意味で浸透しているなぁと妙に感動しました
本編は年をとってもキュートなポーリン(ゴメンナサイ!)
ツボを得た円熟プレイのKenさんとBobさんのリズムが心地良く (KenさんのAcoustic BassのプレイはGood!)
ゲストのBillとGaryの切れの良いホーン(さすがバリバリの現役!)
終演間際、ポーリンの感極まって出た涙の歌唱に感動で涙ボロボロ
ミュージシャン魂を感じまくってLiveも終わり
その後のサイン会ではツアー・マネージャーのブルー・ジョンソンさんの好意で
ポスターをもらい、各メンバーと一言交わしながらサインをもらい
最後にポーリンと記念写真!
その後、Mgのジョンソンさん経営のタイ料理レストランでディナー
ポーリン・ケン・キムさん達と楽しい食事でした
23時半、ホテルに戻って大満足の1日目終了です

3月21日(月)
予想通りの時差ボケで朝6時には起床
時間があるのでホテルの周辺を散歩。日の出の時間をゆっくり過ごし、
ホテルの軽朝食を食べ8時には部屋に戻って準備
出発の10時半までウトウトと・・・ヤバイ典型的な時差ボケ症状
そんな中で2日目スタート!
まずはGuitar Centerへ、かれこれ7年前に来た事がある所です
周辺はGuitar屋街、MesaBoogieのShopもあり、買って帰りたいが・・・
TommyFunderburkとのランチへ向かいます
途中、RhinoのレコードShopへ立ち寄り、 Tommyさん指定のイラン料理店へ、本物との対面に少々緊張
快く迎え入れてくれて、しばし歓談
Tommyさんはレーベルオーナーでありビジネスマンの一面が多く伺えましたが、
本物の良い音楽を伝えたい事が一番の事で商売ではなく音楽を愛している事が
Tommyさんの言葉から強く印象に残りました
CDジャケットにサインと記念写真を撮り終了
サンタモニカへ移動してつかの間一般ツーリスト気分
Hear MusicというCDShopへ、ダウンロードでオリジナルCDを作る事が出来る
新しいShop形態、ビジネスモデルとして今後日本でも見られるでしょう
夜のChicagoのLiveの時間に合わせて、森口さんお勧めのステーキShop
Palmへ、超Bigなロブスターと巨大なプライムリブを堪能!Good Taste!
Live会場のThousand Oaksへ移動、時差ボケが出て車でウトウト(ゴメンナサイ森口さん。)
20時15分定刻にスタート!
そつの無い演奏、Jason Scheffの歌唱とBass Playは特筆物!
後はJames Pankowが元気でした。席は2階の最前列ど真ん中
良い状況でオールヒットのLiveを楽しみました
帰りの車でもzzzzzzz 度々すいません
スーパーに寄り夜のBeerを買い込み、23時過ぎにホテルへ戻りBeerを飲んで2日目終了

3月22日(火)
今ツアーのメインイベントJay Graydonと会える今日
よく眠れて7時に起床 ホテルの朝食を済ませ、同行した赤松さん、枝松さんと散歩へ
歩いていけるVergin CD Storeへ、運良く火曜は9時から営業。特価CDを何枚か購入して出発時間へ
David Packとのランチセッティングまでの時間、中古CDShop Record SurplusでCD散策
Packさんと待ち合わせのRedondo Beachへ移動(良い所でした。)
時間前に着き、近くに中古CD屋を見て、Packさん指定のChina Bistro Wsへ
Packさんが席で待っていてくれて程なくランチ&談笑
質問にも丁寧に答えてくれて、曲作り、自分の歌に対するストイックさ、
仲の良いミュージシャンの話等、たっぷり聞かしてもらいました
Steve Perryとのデュエット楽しみです
時間もあっという間に過ぎ、お約束のジャケットサインと記念撮影を行いPackさんとお別れ
LAでは珍しい雨に見舞われ、夜のJayさんとの待ち合わせ時間まで
Tower Record、ホテルで時間を合わせ、渋滞をぬけ一路Jayさん宅へ
近くへ到着、Coffee ShopでJayさんの帰りを待ちいよいよGarden Rakeへ
すでに興奮状態。Jayさん宅の入口が開き、玄関からJayさんが・・・!
気さくで明るいJayさんにもう大喜びでした
宅内へ入るとそのままスタジオへ案内してもらい、レコーディング卓の前で記念撮影
機材も、あーコレがと思える物ばかりでパチリパチリと写真取りまくり
Jayさんのトランプ・マジックまで見れて、まさに夢の時間でした
その後、Jayさん行き付けのイタリアン・レストランToscanaでディナータイム
質問に答えてもらったり、Jayさんにプライベートの話等(このエロオヤジ!失礼)
最後にサインをもらい楽しい楽しいディナーを終えました
24時過ぎにホテルに戻り、夢に3日目は終了です

3月23日(水)
あっという間の3日間、明日は帰るのみの実質最終日
時差ボケも少し残り、早めの起床、朝食を済ませて、早めの集合時間で10時前に出発
森口さんの顔でWestlake Studioへ
数々の大物達がレコーディングしたStudioへ入れてもらいQuincyが座った
レコーディング卓に座りご機嫌のひと時
次ぎにCapitol Studioへ
これまた歴史と由緒あるStudioへ入れてもらい感銘!
更に作業中のStudioでAl Schmittさんにご対面!
写真撮影、サインにも答えてくれて、大御所なのにやさしいジェントルマンでした
9.11以降セキュリティの厳しい中、とってもおいしい体験でした
Capitolを後にして近くの超大型CDShop Amoeba MusicへCD採り
日本食レストランでランチをして、TOTOのLiveへ
場所はSan Juan Capistrano LA中心から約2時間離れた所へのロングドライブ
車中また睡魔に襲われzzzzz
早めに会場に着くとまさにライブハウス!こんな小さい会場で・・・てな所です
リハの最中、うろうろしているとBobbyが、Paichがと次々に会場入り
そして気がつくとルカサーが裏口からタバコをくわえて出てくるじゃないですか!
何か当たり前のようなとんでもない事のような、ボーッとしながら握手
開場まで時間があるので近くの海辺にドライブ。綺麗な夕暮れ時でした
会場に戻り開演を待ちます。ステージはすぐそこ!
前座バンドを終え、いよいよTOTOの登場
おっと!Keyが黒人。森口さんがGregじゃない?
なんとGreg Phillinganesがメンバーに!Paichがいないのは残念だけど
別の意味で興奮!ウマイ!のりが良い!
正直、Jeffへの想いが強い為SimonのDrumはあまり好きになれなかったのですが、
これまた別の意味で生のSimonのドラミングはパワフルで切れが良くノリノリでした
横で中田さんも森口さんも大ノリ(でしたよね?)ヤラレタ−!って感じです
バンドとしての完成度、個々人のテク、改めて格の違いを感じたLiveでした
ライブ終了後、控え室から出てくるメンバーと記念撮影
森口さんがGregと知り合いで紹介して頂き、これまた拾い物の体験でした
大満足にLive会場を24時過ぎに出て、最終ディナー「吉野家」に寄って
26時過ぎにホテルへ到着 4日目を終了

3月24日(木)
早々にチェックアウトを済まして空港へ
お世話になった森口さんとお別れ、チェックインで中田さんともお別れ
名残惜しいLAを後に成田へ向けて帰路につきました

3月25日(金)
夕刻 成田着

3月26日(土)
現実



今回のツアーを企画、運営して頂いた中田さん、森口さんには本当に感謝です。
もっと多くの人にこの感動を共有して欲しいと思える位もったいない内容でした。
少人数だからこそ出来た事もあるかも知れませんが、参加した3人にとって1音楽ファンとして
最上級の経験でした。
中田さん、森口さんの今まで培ってきた人脈のなせる業で、一期一会と言いますが、
全てのタイミングが揃って可能になった時間だったと思います。
音楽を愛する聞き手、作り手、伝え手、それぞれの立場がクロスして
自分の中での「音楽」と言う物への考え方がワンランク昇華できた想いです。

すべては「音楽」へのそれぞれの愛があるから人は感動するんですね!
We Love Music!最高の思い出と共に!


    佐藤 Mick 亘宏(mick@gc4.so-net.ne.jp)

File No.005 投稿者:赤松さん 

AORてんこ盛りリポート in LA 〜1〜

■初日、日本(空港)で・・・中田さんの風貌にビックリ?これが、あのAORの道先案内人の・・・というのは嘘で、以前にホームページで写真が掲載されていたので、あの時の写真と同じだなーと。飛行機の中で・・・日本で買えないCDはどれだろう?どのCDを探そうか?と中田さんのガイドブックを見ながら。また、Jayさんに会ったら何を話そうか? Tommyさん、Packさんについても同様に何を質問しようか? と想いを巡らしていました。ワクワクという気持ちと共に。

 LAに着いたときは流石に10時間以上のフライトと時差の為、ちょっと疲れていました。ここがアメリカ(LA)かと感動に浸ってきたのは森口さんに出迎えられ、車にてホテルに向かう車の中から町並みを見ていたときです。徐々に感動が高まり、ここはLAだと実感してきました。特に高級住宅街は圧巻ですね。見とれてしまいました。ホテルについても少し寝るつもりが、現地コーディネイター:森口哲也さんのミュージック界の裏話で5人共大盛り上がりで時間の経つのを忘れていました、同時に移動の疲れも吹っ飛んでいたような・・・
 この後、すぐに移動してSeawindのライブ会場に行きましたが、こんなきれいで小さなところでやるのかというのが第一印象でした。インド料理のランチのダイナミックさにびっくりし、いざライブへ。ライブでは流石にみなさんある程度の年齢のためか、すごい落ち着いた壺を抑えた演奏だったと思います。最後のポーリンの涙にはわざわざハワイから来てくれたということとLAまで見に来て良かったと自分自身も感動しました。ライブ中は流石に昨日からの疲れのためちょっとこっくり来る瞬間もありましたが、感動です。その感動を噛みしめたのは、ライブの後のサイン会と食事会での写真撮影です。なんといってもポーリンとハグハグですからね。

 2日目、朝は快調に目覚め、Tommyさんとのランチ会となりましたが、相変わらず目は鋭いなーと思いましたね。でも本当にいい人で、この人は本当にいい音楽を作りたい、伝えたいと心から思っているのだなーと感じました。表に出てきて一般の消費者が買うことができるのは本当の一握りの音楽で必ずしも作者自身が納得しているものは本当に少ないのだなーと。イラン料理も初めてでおいしくて感動でした。そした、その日の夜のディナーもびっくりでしたね。ビックなロブスターとプライムリブでお腹いっぱい大満足です。そして、その後シカゴのライブを体感しましたね、シカゴは日本でもうたくさん見てはいたのですが、2階席の一番前のど真ん中だったので見やすく最高でした。実は後でJayさんもこの会場にいたとのことを知り、もしかしたら、シカゴともご対面できたかもと考えましたが、ここまでできていたら完璧すぎ、欲張りすぎですね。

 3日目、Packさんとのランチ、これもまた本当にいい人でびっくりしました。あの名曲<ビゲスト・パート・オブ・ミー>の誕生秘話まで聞けて最高!でしたね。前日のTommyさんもそうですが、レコード(CD)でしか聞いてなかった、あのエアプレイのボーカリストと、またアンブロージアのボーカリストとこんなに近くでしかもランチを一緒して、片組んで写真まで撮ってと普通にしていましたが、やはり後から考えると感動ものでした。そして、夜はいよいよ私のAORのバイブルでもあるエアプレイの一人、そして数々のグラミーをも含むプロデュース作品を残してきたJayさんに会える。とそんな時に雨、何とLAは雨がほとんど降らず雨対策は整っていないとのことで私自身ビックリしました。その通りに、道は洪水状態だし、道路は渋滞となり、夜に時間通りJayさんに会えるんだろうか・・・と不安でした。何といっても個人的には今回のメインイベントと捉えていましたのでなおさら。何とか渋滞を回避し、時間通りにJayさんの自宅兼スタジオに着いたのにはほっとしました。また、流石にJayさんの家の門の前に来たときにはワクワク、ドキドキものでした。そしてJayさんとご対面です。はっきりいって偉大な人過ぎて先の2人以上に堅くなってしまったように思います。もちろん、ガーデン・レイク・スタジオを見れたこと、このエアプレイが録音された場所にいること自体感動でした。Jayさんとのディナーではただの親父?と思う瞬間もありましたが(失礼だったらすいません)<注:いえ、間違いないです、ただのオヤジです、あの方は<笑> by 中田利樹>、やっぱりいい人でした。

 4日目、今日は朝からなんと、ウエストレイクスタジオとキャピタルレコードのスタジオ見学、こんなところ普段は絶対に入れないところに入れてすげーの連続、さらにスタジオでアル・シュミットさんとご対面&写真撮影と感動でした。そして、TOTOのライブ会場へ行きましたが、ここもすごい小さなところでびっくりでした。実際にこんな小さな会場でTOTOのライブを見れるなんてーと、さらにはリハーサル中にルカサーが外に出てきて私たちの目の前でたばこを。あのルカサーがこんな目の前でと感動しつつも、挨拶をして握手をするので精一杯でした。だって、ルカサーですよ、ルカサー、今までCD等のクレジットでしか目にしていなかった、しかも文字と音でしか・・・ライブはもちろん感動でしたが、その後で各メンバー(ボビー、ルカサー、マイク)と間近で会い、挨拶&写真撮影ができて、もう音楽好きになってからずっとTOTOファンだった私にとってはもう感動です。しかも、今まで何回も日本ではTOTOのライブを見ましたが、今までで一番近くで見られて・・・もう一つおまけに、吉野屋の牛丼とクラムチャウダーの組み合わせ意外で最高でしたね。日本では味わえませんし、牛の輸入が復活したとしても。

 5日目、朝からフライトのためLAのエアポート、もう日本へ帰るのかという残念な想いでいっぱいでした。この4日間は、森口さんに本当にお世話になりました。何から何まで至れり尽くせりでもう何も望むことはないという感じでした。森口さんなくしてはこんな企画・内容はあり得なかったと本当に思います。ライブだけでなく、ミュージシャンや音楽関係者との交流、食事に関しても毎日バラエティーに富み、最高でした。本当にありがとうございました。飛行機の中でも想いを巡らせていました。楽しすぎてあっという間に過ぎ去ったこの4日間、凄すぎです。絶対に他ではありえませんし、もう2度とできないなーと。あーそれと旅行を通してですが、アーティストの方々はやっぱり基本的にはステージに上がってこそすごいオーラを出すものだなと、普段は普通のいい人なんだなと感じました。

 最後に、この旅行の中でいろいろなアーティストと会えたのはひとえに中田さんの人柄の良さだなーと思いました。人柄以上に、音楽に対する熱意(もちろん好きというところから繋がっているとは思いますが)と努力も大きいと思いますが。しっかりとした森口さんのプランニングと中田さんとアーティストの繋がりがあって初めて実現できたことだと思います。森口さんのガイドも最高でした。
こんな感動を少しの投資で与えて頂いて本当にありがとうございます。趣味の違う人に言ってもわかってもらえない感動ですが、この感動は人にわからなくとも自分の中で一生持ち音楽と共に人生を歩んでいきたいと思います。

赤松義則

File No.004 投稿者:MOTO 

思い出の1枚 Kenny Loggins「High Adventure」(1982 Sony/Columbia)

■近年は、歌詞に重きを置き、ソングライターとしての側面を強調した良質作品をマイペースでリリース。サントラ・ヒットメイカー的なイメージの呪縛からようやく開放されたケニー。本作は、70〜80年代初期までのソロ活動の集大成ともいえる傑作で、アメリカ西海岸のカラっとした空気感を想像させるストレートかつメロディアスなロック・ナンバーと、ケニーのソングライターとしての洒脱なセンスを充分堪能させてくれるコンテンポラリーなポップ・ナンバーが並んだAOR全盛期を象徴するアメリカン・ポップ・アルバム。


AOR的なハイライトは、マイケル・マクドナルドとの相性抜群のコラボ楽曲“I Gottta Try”と、マイケルに加えてデヴィッド・フォスターも曲作りに加わった“Heart to Heart”の2曲で、特に“Heart to Heart”は、フォスターのグランド・ピアノとマイケルのローズが共演し、あのペイジズの美麗コーラスとサンボーンのエモーショナルなブロウまでが登場するAORファン悶絶のキラー・チューン。また、ケニーの温厚な人柄を偲ばせる透明感あふれるバラード“More We Try”や“Only a Miracle”の感動は、何ものにも変え難い魅力となっています。


本作からのシングル曲、ジャーニーのスティーヴ・ペリーとのデュエット・ナンバー“Don't Fight It”が全米で大ヒットしていた当時、自分は、まだ高校生で、その頃の自分はと言えば、寝ても覚めても音楽三昧の日々。ヒットチャートをエアチェック(死語ですね)、雑誌の輸入盤レヴューを見ては、渋谷CISCOや青山パイドパイパーハウスへ足を運び、バイト代の一切を注ぎ込むという異常とも言える情熱で音楽を追いかけまくっていました。そして、そのフリークぶりは、風呂場にテレコを持ち込んで(コンビニ袋で覆って)、新作アルバム1枚をまるまる聴きながら入浴するという習慣に象徴されるでしょう。それが、何よりも至福の時間で、このアルバムをコピーしたカセットも何度風呂場に持ち込んだか知れません。

MOTO さんのAORな1枚はこれ→
テレコをコンビニ袋で覆って、お風呂場に持ち込む....
スゴ過ぎます....

「High Adventure」Kenny Loggins (1982年)

 

File No.003 投稿者:佐藤 順(赤坂 WAVE)

思い出の1枚 Bill Champlin「Runaway」(1981 Elektra)

*私の選んだこの一枚。ジェフ・ポーカロ13回忌編その(1)*


 命日こそ過ぎてしまいましたが、今年はジェフ・ポーカロの13回忌。―という訳で、ジェフの叩いた忘れられない一枚をピックアップしたいと思います。

 本アルバム、ジェフは、”Without You"1曲しか叩いていないのですが、この1曲が凄まじくすごいのです。デヴィッド・フォスターのピアノ・ソロのイントロへのフィル・インに始まって大技小技を問わず十八番の得意技出し放題。これ、TOTOのアルバムでもないのにこんなにやっちゃっていいの?−と思わず心配してしまうほどの叩きっぷりなのです。ベースのリー・スクラーも、「がんばるのう、若いの」―と苦笑していたのではないでしょうか。まあジェフは結構したたかで、TOTOのアルバムではサウンド全体に気を使ってあまり叩き過ぎないようにしているんですね、実は。ともあれ、未聴のポーカロ・フリークはよもやいらっしゃらないと思われるこの1曲で私は底なしのジェフ道へとハマってしまったのでした。

 因みにCDは既に生産中止になっています。見かけたらお早めに・・・・・・。

佐藤 順さん(赤坂 WAVE)のAORな1枚はこれ→
佐藤さん、ありがとうございます。
ジェフの名演シリーズ(?)、期待しています。
また機会がございましたら、続編をひとつお願いいたします....。

「Runaway」Bill Champlin (1981年)

 

File No.002 投稿者:Jeffrey Thomas P. 

思い出の1枚 David Roberts「All Dressed Up」(1982 Elektra)

1982年に発売されたこのアルバムは、とにかく・・・どこまでも心地良く爽やか!!!。80年代前半の、あの空気感がぎっしり凝縮されています。David Roberts自身は、58年9月ボストン生まれのカナダ人シンガーで、この録音当時まだ無名の若干23歳という事ですから、その才能とクオリティの高さには、ほんと驚かされます。


その抜けるようなハイトーン・ボーカルもとっても魅力的ですが、それ以上に素晴らしいのが、この人の作曲能力だと言えます。
とにかくこのアルバムに収められた全10曲、全てが自分自身の作曲という事ですから、当時のLAミュージシャンが制作に携わった一連のAORアルバムとしては、非常に珍しいと思います。(大抵のAORアルバムは、Jay Graydon、David Foster等LAミュージシャンが、曲作りにも関与してますよね)
それぐらいDavid Robertsの作る曲の質が良かったし、評価されていたという事でしょうか・・・。


もちろん、プロデューサー兼アレンジャーであるGreg Mathieson、Jay Graydon、プレイヤーであるDavid Foster、Steve Lukather、Mike Porcaro、Jeff Porcaro、Bill Champlin、Tom Kelly etc.がバックでしっかりサポートしているからこそ、この洗練された爽やか系サウンドが完成したというのも間違いない事実です。
(当時、David Robertsは、このアルバムを制作するにあたって、10人近いプロデューサーに声を掛けて、返事を待っていたようですが、結局、スケジュール等の関係で最終的に落ち着いたのが、GregとJayだったようで、それが結果的にはラッキーだったと、後日述懐しています)


このアルバムは、ほんと「全曲捨て曲なし!!!」と断言できますし、中でも個人的には、8曲目「Anywhere You Run To」〜9曲目「Never Gonna Let You Go」という流れが、すごく気に入ってます。
8曲目でのJay Graydonのギター・ソロを聴いてると、「サイダーの炭酸が夏の日差しの下で、シュワッとはじける!!!」ような、そんな感覚になり、全てを忘れて元気になれますし、9曲目ではイントロ&テーマのシンセが何とも言えない浮遊感を醸し出してくれて?80's的な遠い夏の日の青空と白雲をイメージさせ、心身共に活力を与えてくれます。


アルバムジャケットに関しても、「All Dressed Up(表)〜No Place To Go(裏)」というコンセプトで作られており、なかなかお洒落で、表&裏のジャケット写真が当時の時代背景を象徴していて、微笑ましい感じさえしますよね。こんなクリスタル感って、今もって個人的には大好きです(笑)。


このアルバムは、結局アメリカ以外のカナダ、日本、西ドイツ、オーストリア等では中ヒットしましたが、それ以降、時代が「AOR不毛期」に差し掛かった事もあり、David Robertsは表舞台から姿を消し、アルバムは一枚も発表していません(たぶん・・・)。


ところが、それから12年が経過した94年・・・David Robertsは、知人の紹介で、関西国際空港の開港記念イベントとして「空港賛歌」コンクールが行われている事を知り、突如、個人的に応募してきて、7,000点以上の応募作品の中から「Sora Ni Mukatte(Reach Out and Touch The Sky)」という曲で見事、特別賞を獲得してます。やはり、何年経っても非凡な作曲能力を持っているのですね。凄い!!!。


最後に一言、“「All Dressed Up」の早期、再CD化を望みます!!!!”

 

※個人的な事ですが、大阪のアマチュア・バンドで活動しています。
Jay Graydon、David Fosterをリスペクトし、AIRPLAYをはじめ、TOTO、David Roberts、Bill Champlin、Boz Scaggs等、一連のAOR曲をカバー演奏していますので、ご興味おありの方は、また是非一度HPを覗いてみてください。よろしくお願いします。


http://homepage3.nifty.com/osaka_aor_project/top_index.html



Jeffrey Thomas P.さんのAORな1枚はこれ→
Jeffrey Thomas P.さん、ありがとうございます。
カッコいいHP、堪能いたしました。

「All Dressed Up」David Roberts (1982年)

 

File No.001 投稿者:吉田鐘太郎

思い出の1枚 Chris Christian「Chris Christian」(1981 Boardwalk)

「隣の芝生」新装オープンということで、お題は「AOR思い出の1枚」。
僕なんかはAORをリアルタイムで通過してきている世代だけれど、実際にAORを評価して聞き始めたのは、クール・サウンドが始まるちょっと前からなので、ここは一つAORにまつわる思い出話にお付き合いいただきましょう。

AORという言葉が浸透し始めた1980年というと世は正にサーファー/ウエストコースト・ブーム。雑誌ポパイが絶好調な時。大学生の僕も例にもれず、陸(おか)サーファー(死語)をきどっていて、サーフィンよりも音楽の方に熱心でした。そんな我々の必需品だったのが、クリストファー・クロスの「南から来た男」。ほんとに流行りましたねー、あのフラミンゴのジャケは。このアルバムのイメージと本人の落差にビックリという人も多かったのではないでしょうか。でも今でもエヴァーグリーンなアルバムで大好きです。あとファイヤーフォールなんかも結構サーファー連中に受けてました。でも当時はあくまでもAORではなく、ウエスト・コースト・サウンドとして聞いていたのでした。あとこの頃だとボズ・スキャッグスの「ダウン・トゥー・ゼン・レフト」も個人的にはAORベスト5に入るぐらい好きなアルバムです。
この後、田中<知事>康夫ちゃんの「なんとなくクリスタル」などがあって、AORファンも急増。僕の興味はクインシー・ジョーンズ中心にブラコンも聞くようになります。そんなクインシー一派の最高傑作だと思うのが「愛のコリーダ」ではなく、パティ・オースティンの「デイライトの香り」です。今でこそ一曲目のギターはルカサーかとかAORファンのような事を思いますが、当時はディスコ的な興味が中心でした。これがブラコンでなければ、間違いなく「思い出の一枚」というぐらい、今もって愛聴盤です。
あとブラコン系では、やはりアース・ウインド&ファイアの「黙示録・I Am」が最高峰ではないかと思っています。まぁ、これは普通ですかね。ついでに、<AOR>好きな2大名曲も「アフター・ザ・ラヴ・イズ・ゴーン」に「スルー・ザ・ファイヤー」と、超ベタですみません!

まぁ、この後日本ではマハラジャとかのディスコ・ブームとかがあったりして、AORも衰退していったのは、ファンの方ならご存知ですが、90年代の後半に再び(三度?)日の当たる時がこようとは。そうです、皆様ご存知のように、クール・サウンドの大活躍が98年の4月から始まったのです!
その4月に我等が中田利樹が当時某FMで選曲を担当していたAORの番組(!)が日曜の朝にオンエアされておりました。その第一回の放送で、クールの第一弾リリースのクリス・クリスチャンの「I Want You, I Need You」もオンエアされたのでした。その春先の日曜の午前中にピッタリな透明感のある、このサウンドこそがAOR!だと思いました。これを聞いた日の雰囲気を今も良く覚えていて、思い出すと自然と幸せな気持ちになります。いつまでも覚えていたい感触とでもいいますか。この曲を含むボードウォークのアルバムは僕も当時買いましたが、CDになって、その音のクリアな響きが、AORはやっぱりCDにあうなー、という思いも強くしました。そんなわけで思い出の一枚は、そのCD化も嬉しかった クリス・クリスチャンの「Chris Christian」に決定!というなんとも手前味噌な落ちですが、まさに僕のAOR(コレクター)ライフはここから始まったのは間違いない事なのです。そんなわけで、人生は続く・・・。


お馴染み、吉田鐘太郎氏の思い出の1枚がこれ→
なんとクールサウンド第一弾リリース作品でもあります♪

「Chris Christian」クリス・クリスチャン